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音楽活動

地方ミュージシャンのビジネスモデルを創りたい。

音楽活動

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幼少の頃から音楽の世界に憧れ、必ずプロになると決めていた。
プロになるためには東京に行かなくてはいけないと、東京に行く事も決めていた。

でも年末年始は実家で過ごしたいから、紅白に出る時は生中継してもらおうと本気で思っていたような子供だったw

今からもう30年近く前の事。
当時、オンライン、という言葉が少し流行り始めていて、将来東京と地方との垣根が取り払われる時代が来るだろうから、いつかは地元に帰ってきて東京や世界とやりとりをしながら音楽のプロとして活動が出来る時が来るという確信があった。

インターネットが、地元での音楽活動を実現

18才で上京し、ゲーム開発会社のサウンドスタッフとしてキャリアをスタートした。その後、20才くらいの頃だろうか、インターネットというものが出てきて、その確信はますます現実味を帯びてきた。

独立して数年後、「神無ノ鳥」というゲームを作った時。
当時はまだ川崎に住んでいたのだが、それにも関わらず、リビジョン管理システムを導入して、クライアント、プログラマー、自分と他のスタッフ、ほぼ全員東京及び東京近郊に居ながらにして顔をほとんど合わせる事なく、リモートで1本のゲームを作り上げた。

確信は現実に変わったのだ。

そしてソフトシンセやDAWの誕生や進歩。
レコーディングスタジオに山積みの機材を持って行きテープを回す事もなくなり、シンセダビングは自宅で行い、ProToolsのセッションを焼いたCD-R1枚と譜面だけを持ってスタジオに入る…というスタイルに変わっていった。

そのうちレコーディングも自宅にいながら、世界中のスタジオと繋がって出来る時が来るだろうし、思い描いていた未来は、もうそんなに遠くないだろうと思った。

そんなタイミングで、家庭の事情で急遽実家に戻らなくてはならないという事態が起こった。
自分的な予定ではまだ1〜2年くらい早かったんだけど、これも運命かなと思って地元山口にUターンしたのが10年と少しくらい前。

実家に居ながら、東京や大阪のクライアントとネット上で仕事をし、レコーディングの時だけ上京する…という、描いていた理想通りの状態が現実となった……かのように思えた。

地方で音楽活動をするには、まだ課題がある

地方で働きはじめて大きな欠落に気がついた。
それは、仕事以外でのコミニケーションが希薄になってしまう、という事。

直接人と会う、という事が仕事に繋がっていたという事を、技術面だけ追いかけていた自分は見えていなかったのだ。

「もうインフラ整ってるんだし、データのやり取りと、SkypeやLINEだけでいいじゃん!」と思っていたけど、コミニケーションという部分において現実はまだまだアナログな世界なのだ。

不景気、バジェットの低下。フリー素材。そしてDTMの普及で作曲だけの安く請け負う人はいくらでもいるという現実。

そんな状況で仕事を取ってくるには、多くの営業メールを送るよりも、飲み会に1回顔を出す事の方が全然強いのだ。
そして、何かあった時に「ちょっと来て」と言われすぐ駆けつけられるというのは強い。

フットワークの軽さ。
その点だけは、まだまだ東京住みに勝つ事は出来ない。

その中でも地方に居ながら活動していくには、どうすれば良いのか。

「また東京に出ておいでよ」と、いつも言われる。

だけど自分は「地方に居ながらにして成功した」というビジネスモデルになりたいのだ。

まだうっすらとではあるけれども、ビジョンは見え始めている。
あとは自分の直感を信じて進むしかない。

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